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印刷術の発達と曲面印刷(昭和15年3月9日 於鉄道協会) その2 [記録]

 その2
  世界印刷界重要発明記録
 余談はさて措きまして、こゝに持参の記録は、東京高等工芸学校の伊藤亮次先生とか、庄司浅水先生などの御著書から、牽き出して来たものですから、間違ひはあるまいと思ひますが、先刻申上げましたやうに、講演の順序として、世界の印刷術の発明された記録を年代順に申上げます。遠く東洋の印刷は、余りに時代がかけ離れてをるが故に之を略しまして、例のドイツのヨハン・グーテンベルグの発明から申上げます。あれは一四四〇年とか、或いは四四年とか書いてありますが、ドイツでは本年五月よりグーテンベルグの発明五百年祭を盛大にライプチツヒで行はうと云ってをりますから、それによれば一四四〇年が或いは正しいと思ひますが、庄司氏の記録には四十五年とあります。
 云ふ迄もなくグーテンベルグの発明は、鉛を主材として鋳造した所謂活字、即ムーヴァブル・タイプでありまして、これが近世の活版印刷術の濫觴をなした、非常に印刷界において重要な発明であります。
 続いて一七二五年、イギリスのウヰリアム・ゲッドといふ人が、石膏によつてステロ版を造る発明を成し遂げてをるのであります。今日石膏を以つてステロ版を造るといふこと、つまり鉛版を造るといふことは致してをりませんが、今日の紙型版の先駆をなしたものとして非常に重要なる発明ではなからうかと存じます。その次に同じくイギリスのウヰリアム・ニコルソンといふ人が、動力利用の印刷機を発明してゐます。これは云ふ迄もなく印刷物をして大量製産を可能ならしめるに貢献した発明であります。
 一七九六年、ドイツ人のアロイス・セネフエルダーといふ人が石版術を発明してをります。これは皆さんが雑誌その他によつて親しくご覧になつてゐる平版印刷術の発明でありまして、是亦わが印刷界においては大書すべき発明でございます。
 更に続いて一七九八年、イギリス人チャーレス・スタンホープ伯爵、この人は、印刷機械が今まで木製部分があつたものを全部鉄製の機械に改めた功労者でございます。
 一八〇四年、米人のロバート・ホーといふ人は、みづからアール・ホーといふ社名の会社を起しまして輪転機を販売致しました。これはわれわれが毎朝起きると直ぐご厄介になります新聞紙をはじめ雑誌そのた所謂大量製産の印刷物は、この輪転機の完成によりまして、今日の恩恵を享けてをるのでございます。是亦重要な発明と存じます。
 続いて一八六八年、ドイツ人ジョセフ・アルバートといふ人は、コロタイプといふ一つの印刷方法を発明致しました。このコロタイプの名前は、皆さん先刻御承知だと存じます。
 それから一八七五年、米人R・バークレーといふ人が、錻力(ぶりき)に印刷する機械を発明してをります。缶詰やその他いろいろの容器類に綺麗な印刷が施されてをります。その錻力の印刷の発明は、今申上げたやうに一八七五年成し遂げられてをります。
 続いて一八七八年、米人フレデリツク・ユーゲン・アイヴスといふ人が、写真網目版を発明してをります。これは非常に重要な発明で、例へば、元は新聞の挿絵を申しますと、一々木版に彫りまして、本物と似ても似つかぬやうなものが極少量で而も原価が高く、同時に能率も挙がらなかつたのでございますが、今日では新聞社で写真に撮つた写真が瞬間にすぐ製版され印刷ができる様になりました。現物と寸分違わない写真が見られるといふことは、この写真網目版のお蔭であります。この発明の原理は、光学上の難しい原理がございますが、私はさういふことを申上げる資格がありません。
 一八八三年、ドイツ人のオツトマー・マーゲンターレルといふ人が、ライノタイプ・マシンといふのを発明してゐます。これも活版術界の重要な発明であります。
 一八九四年、チエツコ人のカール・クリツシュといふ人が、グラヴュヤ印刷の方法を完成してをります。先刻申上げます通り、グラヴュヤ印刷といふことは、別の言葉で申しますと、写真凹版と申しまして、「週刊朝日」やそのた婦人雑誌等の口絵には非常に沢山利用されてをります。是亦非常に重要な発明でございます。
 一九〇四年米人イラ・ワシントン・ルーベルがオフセツト印刷術を発明してをります。
 更に一九一〇年に同じく米人ヒューブナー外一人が、俗に言ふH・B・プロセスなるものを発明してゐます。これは凸版印刷の大澤さんが非常にお骨折りになつて、態々米国へ行かれてその技術を修得されたといふ、日本の印刷界としましては因縁付の技術でございます。
  印刷術は発明界の大長老
 抜けた点も多いと思ひますが、これだけ私は拾つてまゐつたのでございます。以上の如く、わが印刷界の発明は、大体十九世紀、即ち前世紀の終り頃までに完成されました。つまり私がさつき申上げまる通りに、印刷術は、一切の発明界において途轍もない大長老者であるといふことを申上げたいのでございます。例へば、帝国発明協会で編纂されてをります発明年鑑の五百五十三頁と記憶してをりますが、世界発明年表といふ一項がございます。それにわれわれの方の例のグーテンベルグが先づ筆頭に挙がつてをります。それから続いて百五六十年経ちまして英人のリーが莫大(メリ)小(ヤス)機械を発明してをります。それ以後、つまり一四四〇年から一九三四年で締切つてございましたが、其の間に百十七件の世界に貢献した重大発明がございます。その百十七件のうちでもグーテンベルグは更に百五、六十年近代の諸発明より先輩でございます。況んやこれが過去二千年に近い歴史をもつてうぃるといふことは、われわれ印刷に従事するものの非常な誇りなのでございます。ただ先刻申しまして居ります印刷は、一切これは所謂平面を対象といたしました印刷技術に関する範囲のみでございます。一寸矢野先生の印刷に関する御定義を玆に引用致しまして結びをいたしますが、工学博士矢野道也先生の印刷に関する定義に曰く、
「印刷といふ技術は、一般に紙又は布帛の如き平面の上に、黒又は彩色を施したる文字又は図形と同一なるものを現出せしめて、多数に揃へて製出するの方法である」
と云つてをられます。つまり印刷の対象物は、一切平面である、といふことをハツキリ云つてをられるのでございますが、私は、これに対して非常に異議を狭(挟)まざるを得ないやうな曲面印刷といふものを研究したのでございます。これからそれに就いて申上げたいと存じます。
一体、簡単から複雑へ、或いは平面から立体へといふのは、これは総てのものの進化の過程として、所謂常識的事実でございます。嘗ては陸と海上の護りさへ強ければ、国家は正に安泰でありました。ところが今日では、空中を征服し且つ海底を牛耳らなければ一国の安泰を期することはできない、いふやうなわけであります。これは要するに、簡単から複雑へ、平面から立体へといふ文明進化の常道とでも申しませう。いま曲面印刷について申上げます前に、一つ中間的に、曲面印刷と平面印刷との間に現はれた発明の事について申上げます。

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