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印刷術の発達と曲面印刷(昭和15年3月9日 於鉄道協会) [記録]

 ここに紹介するのは祖父が行った講演会の記録である。講演の題目は『印刷術の発達と曲面印刷』である。発表されたのは昭和15年3月9日、鉄道協会。掲載されたのは社団法人帝国発明協会発行の雑誌『発明』の第37巻第6号印刷と発明特集号で、昭和15年(1940年)6月5日発行されている。
 寄稿しているのは以下の通りである。
 1)印刷術発達史 内閣印刷局研究所長 矢野道也
 2)日本に於ける洋式活版の源流  川田久長
 3)本邦特許から見た印刷文化   特許局 徳田宣雄
 4)グーテンベルグの人物及びその発明 英国 ヴィクター・ショルデラー
 ・明治発明百話(三七)       篠田鑛造
 5)印刷術の発達と曲面印刷     箱木一郎 pp30-39
 ・海外写真ニュース
 6)詐欺的犯罪と発明      警視庁防犯課長 貴具正勝
 ・工業所有権制度其他に関し 本会より特許局へ意見書提出
 ・或る日の断想  民族と発明  逓信省電気試験所 堀岡正家
            断想  日本大学医科 早川堅太郎
 ・プラスチクス時代       寮佐吉
 ・科学小説 ドナウ河畔に殺人光線を見る  ヘンリイ・マルリック
 ・発明俳壇
 ・会務報告
 ・特許
 ・実用新案
 合計70ページ
 
 祖父の講演原稿は10ページに亘るので、数回に分割して紹介する。その1という呼称は便宜上、つけてある。

 印刷術の発達と曲面印刷(昭和15年3月9日 於鉄道協会) その1
      箱木 一郎  
 緒言 
 只今紹介を戴きました箱木でございます。
 私は誤りまして、本来科学が好きであつたに拘らず、社会学の如き学問を専攻したために、科学方面については洵に無知識で、みづからも残念なことをしたと存じております。今夕写真その他印刷方面の御専門の方を前にしまして、不束な私が、この演壇からお話を申し上げるといふことは、寔に僭越の至りと存じますが、約今から二十年前、例の関東の震災の直後頃から、ふとした因縁で印刷方面に自分の職業を置いた関係上、つい下手の物好きで以って、二十年間「曲面印刷」と云つて日々暮らしてきました私の経験の範囲内を申し上げたいと存じます。でございまするから、私の申し上げますことは、すべて非科学的で、皆さんのお聴き辛いことを予めご了承願ひたいと存じます。
 偖て、曲面印刷のことを申し上げます前に、一応わが印刷界の過去の総ての歴史の極く概要を申し上げて、講演の順序を立てたいと存じます。
   世界最大発明の一つ 
 皆様既に御承知の如く、印刷術なくして今日の文明は決して齎されなかつたといふことは申し上げるまでもないことでございまして、已に今から二千年近くも前に、わが印刷術は、然も東洋人の手に依つて、発明されたそうであります。御承知の世界三大発明の一つでありまして、彼の羅針盤と火薬と印刷の此のトリオが、世界発明界の大元老をなしてをるのであります。こんなことを申し上げて、素人の私が僭越でございますが、今申しました如く略ゝ二千年に近い歴史を持つてゐるといふことの実証を一、二例を引いて申し上げ、それから此処に書き挙げてまゐりました―或いは間違つているか存じませんが―印刷術発明の年表を極く簡単に申し上げたいと存じます。
 現存印刷物二件 
 今世界に現存してをります印刷物として有名なものが二つございます。
 その一つは皆さんも已に御承知の例の法隆寺の百万塔の中に蔵されてをりますところの曼荼羅尼の印刷物でございます。これは西暦七百七十年孝謙天皇の御代に、例の恵美押勝の乱をお平らげになりまして福利民福を御念願遊ばされる御聖旨から、曼荼羅尼の文句を印刷なさいましてそれを小さな木製の三重塔に納められ、然も百万部お刷りになつたといふことでございます。さうして近畿の十大寺に各々之を納め遊ばされたものださうでございますが、その後いろいろの事情兵乱その他の関係上今日に遺されたものは、僅かに法隆寺のもののみとなつて、現在猶現在約一万部程は保存されてゐるといふことでございますが、その一部が大英博物館に所蔵されて以来、これが世界最古の現存してゐる印刷物であるといふので、一躍して日本の印刷技術は世界的に認められたものであるさうでございます。
 それからもう一つ申し上げたいのは、これは余り世間に広く知られてゐない筈でございますが法隆寺よりか百六七十年前に印刷されたといふ者であります。それは其の印刷物に隋の大業三年とハツキリ記録されてゐることによりまして年代は恐らく間違ひないことと存じます。その二部を現在東京に所蔵されてゐる方がございます。この品物は、例の英仏人等のペリオとか、シュタインとか云ふ考古学者が、敦煌から発掘して、イギリスに、仏蘭西に持ち去りましたその残りがどうしたものか日本に紛れ込んで来たさうでございます。今日、品川大崎の長者丸松田福一郎氏といふ推古美術の研究者で、同時に神奈川電気の社長を為さつてゐる方が所蔵されて居ります。約十三年程前に、私、松田先生に御昵懇にしていただいて居ります関係上一日親しく拝見することを得させていただきましたが、僅か十倍のレンズで拡大して見ますと、正しく印刷物である、といふことは私にも正確に認識することができるのであります。
 それでこれは余談になりますが、折角法隆寺の百万塔の陀羅尼の印刷物が、世界最古といふ保証を付けられたにも拘らず、こゝに西暦に直しまして六百年、法隆寺の七百七十年に先んずること百六十三年に、それよりも先輩が既にあつたといふことは、法隆寺の百万塔のために洵に悲しいわけでございます。そこで曩(さき)に申上げました、松田さんのお宅でそれを拝見しながら、『これは非常に結構なものではあるが、一つ先生日本の名誉のために、宜しくこれは富豪の自己満足の対象物として、之を死蔵して下さい』といつて皮肉つたことがございました。

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